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「13植民地」||レシピ-master.com (05/29update)

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13植民地(じゅうさんしょくみんち、Thirteen Colonies)はイギリス第一次植民地帝国の北米植民地をさす。1776年独立宣言、その後のアメリカ独立戦争を経てアメリカ合衆国として独立した。

◆ 13植民地の位置と構成

◆ 概要
イギリス帝国では、1607年ヴァージニアに始まり、1732年ジョージアにいたる北アメリカ大陸東海岸に13植民地が形成された。フランス北米植民地とくらべると、自営農民として家族単位での植民と定住が一般的であり、そのため人口も多く、かれらは農地の確保を指向していたため、先住民であるインディアンと衝突することも多かった。イギリス国王特許状による自主的な運営がおこなわれ、政治的自由が認められており、その緩い支配は「有益なる怠慢」と称されていた。
13植民地の経済的な特色は、北部と南部では著しく異なり、中部はその中間的な特色を有していた。
プリマスマサチューセッツなどを中心とするニューイングランド植民地(北部植民地)はピューリタンが多く、自主独立の気風が強かった。この地域では庶民の立法機関であるタウンミーティング制度が発達していた。豊富な水力や木材を利用した工業も発達し、産業資本家や労働者の形成もみられた。農業の大規模経営は発展しなかった。
ヴァージニアやサウスカロライナなどの南部植民地では、プランテーションとよばれる大規模農業経営が広まった。そこでは当初白人の年季契約農を使用していたが、労働力不足からしだいにアフリカ大陸から黒人を奴隷として輸入するようになった。プランターの多くは保守的で、またカトリックの勢力が多かった。そこでは、本国の議会制度を模したカウンティ(郡)の制度が採用されることが多かった。
ニューヨークペンシルベニアなどの中部は小麦を中心とする農産物輸出がさかんであったが、奴隷制プランテーションは発達せず、農業と商業を中心に発達した。
植民地人口は18世紀に入って急増した。以下に、1700年と1780年の各植民地の人口を掲げる。