食養会(しょくようかい)とは、
石塚左玄が提唱した“玄米菜食を基本とした
食養”を普及・実践する団体である。左玄の食養を実践する団体としては「帝国食育会」という団体が先にあったが
[菟道春千代『[外部リンク] 食パン亡国論』 食養新聞社、1906年(明治39年)、広告欄。]、食養会は会長に石塚左玄を迎えて創設された。設立は、
内務省の意向でもあった
[[外部リンク] 「食生活」が創刊100年 (YOMIURI ONLINE)(読売新聞、2006年2月27日)]。食事療法や書籍の刊行、会の趣旨に適う健康食品の販売などを通じて、食事で健康を養うための独自の理論を展開した。
食養会は、
1907年(明治40年)11月に、月刊誌である『化学的食養雑誌』を創刊した。
1942年(昭和17年)12月まで食養会が発行したが、翌年1月の420号からは国民食協会が発行している。424号では国民食協会は食養の科学的研究を行っていくという方向性が示された
[山岸晟 「国民食協会の新発足に際して」『食養』 37(4)、4-5頁。]。しかし、同年426号から誌名を『国民食』と変え、バターや砂糖を使った料理が掲載されるようになり、食養の話題からは離れた。3年後の1946年4月からは誌名を『食生活』と変えている。『食生活』は
2006年に創刊100年となり、通号は1100号を超え5万部発行されている
。『食生活』の発行者は国民栄養協会となり、
2001年からは全国地区衛生組織連合会が発行を引き継いでいる。