2007年時点、会社内での役職は主事(係長級)。アナウンサー室内で、ウクレレ部(部長:西、部員:
河田直也)と
写真部(部長:
上泉雄一、部員:西、会計:
八木早希)に所属している。後者は、自身がカメラを最近購入したことをきっかけに結成。自身もカメラに夢中になっており、「
思い出リクエスト」では、毎週のようにカメラについて触れていた。また、社内では
バドミントン部(部長:
結城哲郎、部員:
近藤亨など)に所属。
オリンピック取材にちちんぷいぷいより3度派遣されている。2004年の
アテネ五輪では報道関係者のパスを貰えなかったため、
アテネ市内の各所から
FOMAのテレビ電話でちちんぷいぷいのスタジオと生中継を結んだり、市内の一般家庭のお宅にお邪魔して女子バレー日本対ギリシャ戦を観戦リポートしたりした(ただし、決してMBSが報道パスをもらえなかったわけではなく、
大月勇のみに与えられていた)。以後この企画が通例となり、2006年の
トリノオリンピックでは、
2月20日〜
2月24日まで、トリノからFOMA中継した。24日には、前日(現地時間)女子
フィギュアスケートフリープログラムを、期間中居候しているアパートの隣に住んでいる家族に招かれ、テレビで観戦し、その際、金メダルの感動と、家族の温かさに触れ感極まったシーンも放送された。2008年の
北京オリンピックでも独自の視点から北京の街中を中心に取材を行い、その模様はちちんぷいぷい内で放送されている。
2007年夏、ちちんぷいぷい番組内で、TBS・MBSが独占放送した
世界陸上にあわせて大学以来の棒高跳びを挑戦する事が発表された。その後、練習を重ね、2007年
8月30日の番組内で、母校である大阪大学の吹田キャンパス陸上競技場で挑戦し、番組内で生中継された。1回目は当初の目標である3mを成功。2・3回目は3m20cmを飛んだが失敗した。