モンタージュ手法を確立した映画として知られるが、映画に含まれる
共産主義的
プロパガンダのために海外での公開は検閲を受け、多くの場面がカットされるなど難航した。
スターリン時代にはソ連国内でも政治的理由でオリジナル・ネガがカットされるなどしたため、完全なオリジナルは散逸してしまった。その後、ソ連映画関係者の努力により
1976年に世界中に散らばったポジ・プリントから完全版が再構成された。この復刻版には
ショスタコーヴィチの交響曲からとった音楽がつけられていた。しかし、最近になって
ドイツの作曲家
エドムント・マイゼルがドイツ公開の際に作曲した
スコアが発見され、伴奏音楽としてきわめて優れていることから、こちらの版が演奏されるようになってきている。
なお、
戦艦ポチョムキンの実物は
国内戦期に
イギリス軍によって爆破されてしまった。その後、ソヴィエト政府は革命記念艦である同艦を復旧しようと試みたが果たせず、艦はちょうど映画が製作された
1925年に解体されてしまった。映画に全体が登場する場面があるが、これは模型である。俳優らが艦上を動き回るシーンの撮影は当時の
ソ連海軍の練習
巡洋艦コミンテルンと、当時第8号繋留廃艦と呼ばれ住居や倉庫として使用されていた旧戦艦
十二使徒(当時繋留廃艦)で行われた。両艦ともポチョムキンとはかなり形が異なるが、映画では違和感なく処理されている。艦の全体が映る場面では模型を使っているが、一部で実物の艦艇も登場している。しかし、フィルムの一部場面には
1905年当時は存在しなかった
弩級戦艦などが映っており、ポチョムキンとは若干ギャップが生じてしまっている。