広義には官制上天皇親臨が定められていた
枢密院会議、また
王政復古直後の
小御所会議や天皇臨席の大本営会議なども御前会議といえるが、狭義には対外戦争遂行等に関して開かれた元老・閣僚・軍部首脳の合同会議をさす。
明治27年(1894年)対
清国開戦を決定したのが最初。以後、
三国干渉・
日露戦争などに際して開催され、大正期には中断したが、昭和13年(1938年)以後復活、
日中戦争の処理方針、
日独伊三国同盟、対米英蘭開戦などを決定した。ちなみに御前会議での決定は、直ちにそのまま国家意思の決定となるのでなく、改めてその内容について、正式の手続(例えば閣議)にはかる必要があった。
昭和20年(1945年)の
ポツダム宣言受諾を決めた御前会議を除き、天皇は通常積極的な発言を行わなかったが、会議での決定には「
聖断」としての権威が付与された。