県名は県庁所在地である広島市に由来する。その広島の由来は、
1589年(天正17年)からの
毛利輝元による広島築城の際に、
1591年(天正19年)命名されたものである。
大江広元(毛利氏の祖)以来、毛利氏は「元」の通字以外、「広」も諱に使用する字のひとつとしていた。毛利元就の時代には、完全に臣従したもの(吉川元春、天野元貞、出羽元祐など)には、「元」を一字書出として与えたが、そうでない国人衆(平賀広相、阿曽沼広秀など)には、明白に傘下に組み入れられたと示す「元」の字を避け、「広」の字を与えたとされる。この慣習は毛利輝元にも引き継がれ(吉川広家、山内広通、益田広兼など)、毛利氏(特に輝元)の与える「広」は重要な意味合いを持った。従って「広島」は、この「広」とこの地の豪族であり、普請奉行であった福島元長の「島」を合わせたとする説が有力である。また他に、デルタのため「広い島」からきたという説などもあるが、この「広」にかかる一字書出を毛利輝元が行っていた故事からすれば、前説の方が有力ではないかと思われる。