戦国時代になると松平氏が力を蓄え、
1524年(
大永4年)、松平宗家の七代
松平清康が、岡崎松平家を攻略し、安城岡崎を兼領する。そして
1531年(
享禄4年)に、龍頭山の砦を整備・拡張し、
岡崎城(別名、竜城、竜ヶ城)とした。清康の死後、松平氏が今川氏の庇護下に入ると、市域は今川と織田の抗争の前線となり(
小豆坂の戦い)、多くの城が作られた。
桶狭間の戦い後、松平元康は岡崎城で独立し
徳川家康と改名、以後
織田信長の盟友として勢力を拡大していくこととなる。
1590年、家康が関東に移封となると、豊臣家臣・
田中吉政が岡崎城に入る。吉政は城を拡張し、石垣や城壁などを用いた近世城郭にふさわしいものに整備した。また、城下町の整備も積極的に行い、岡崎の郊外を通っていた東海道を岡崎城下町の中心を通るように変更し、現在の岡崎城の原型を造った。