第一次世界大戦では非戦論者であり、党首を辞任する。その後1918年選挙で復帰し、党首に再任される(一説によれば1922年に党首復帰)。1924年
自由党の支持で第一次内閣を組織。首相兼外相となるが選挙で敗れ9ヵ月で退陣。1929年第二次の労働党単独内閣を組織。経済政策では恐慌対策で党の方針に反し、離党した。1931〜35年は労働党を除く
挙国一致内閣の首相をつとめた。1931年には非常関税法、
金本位制停止し、
ウェストミンスター憲章を制定して
イギリス連邦を発足させ、1932年には、保護関税法、
外交ではロンドン会議で
ロンドン海軍軍縮条約を成立させた。