理論を書き上げようとしていた1858年に
アルフレッド・ラッセル・ウォレスから同じアイディアを述べた小論を受け取った。二人の小論は即座に共同発表された。1859年の著書『
種の起源』は自然の多様性のもっとも有力な科学的説明として進化の理論を確立した。『人間の由来と性に関連した選択』、続く『人及び動物の表情について』では
人類の進化と
性選択について論じた。植物に関する研究は一連の書籍として出版され、最後の研究はミミズが土壌に与える影響について論じている。
祖父同士は博物学者として、父同士は実業家としてダーウィン家とウェッジウッド家は親密であり、両親など数組の婚姻が結ばれ、近しい姻戚関係にあった。母スザンナはダーウィンが8歳の時に没し、キャロラインら3人の姉が母親代わりをつとめた。ロバートは思いやり深かったが、妻の死によって厳格さを増し、子供たちには厳しく接することもあった。