1856年には
ジェノヴァ大学化学主任教授に就任した。1858年に発表した「ジェノバ大学における化学理論講義概要」
Sunto di un corso di filosofia chimica fatto nella Reale Universita di Genova は、
トリノの忘れられた物理学者
アヴォガドロの再評価につながるものだった。1860年には
カールスルーエで開催された国際化学者会議ではアヴォガドロの業績を強調、アヴォガドロの仮説(法則)と
デュロン=プティの法則(1819年にジュロンとプティが発表)を組み合わせると、原子量、分子量を正確に計算できるとした。このとき水素の原子量を1としている。ただし、カニッツァーロは政治活動をあきらめておらず、これほど重要な化学者会議も当時参加していた
ガリバルディの軍から一時的に抜け出して発表したものであった。