日本は兵力7万3000人(総数)、4億3859万円から約9億円(当時)という巨額の戦費を投入。3333人から5000人の死者を出し撤退した。アメリカが7950人、イギリスが1500人、カナダが4192人、イタリアが1400人の兵力を投入。ソビエト・ロシア側の兵力・死者・損害は現在まで不明(後述する1920年「四月四・五事件」だけでも5000名以上が殺害されたとされる
[原暉之『シベリア出兵:革命と干渉1917-1922』1989年 筑摩書房、572頁])。また別資料では、死傷者8万人、6億ルーブル以上の被害とされる
[[外部リンク] 斎田章『ロシア革命の貨幣史(シベリア異聞)』]。