アントン・チェーホフ wikipedia|無料辞書
◆ 生涯
アントン・チェーホフは、父パーヴェル・エゴーロヴィチ・チェーホフと、母エヴゲーニヤ・ヤーコヴレナ・チェーホワの3男として生まれた。兄にアレクサンドル、ニコライ、弟にイヴァン、ミハイル、妹にマリヤがいる。
1884年にチェーホフは
医師としての資格を得たが、ほとんど診療行為を行なっていない。(医師の活動は無料でおこなっていて、収入の大半は劇作家としての収入であったとする説もある)医学を実践するかわりに彼は数百を数える自らの小説の中で、病気を診断するようなアプローチで日常の生活を観察した。
チェーホフは裕福な新聞社経営者 A.S.スヴォーリン に同行して西ヨーロッパを訪れた。スヴォーリンはチェーホフの作品多数を出版していた。二人の長く親密な友人関係は、チェーホフがやや一般受けしない原因にもなった。スヴォーリンの新聞『ノーヴォイェ・ヴレーミャ』(『新時代』)は政治的には反動の性格を帯びていたのである。
サハリンまで旅行をしたことがあり、サハリンでは日本の外交官と交流があった。チェーホフは
結核で死亡し、現在は
ノヴォデヴィチ墓地に葬られている。
◆ 評価
19世紀末にチェーホフは短編小説に革命を起こした。チェーホフのように第一線で小説を絶えず発表した作家はいなかった。チェーホフはしばしば
ギ・ド・モーパッサンと比較されるが、チェーホフは
伏線を計算して配置する
プロットを凝らした小説にはあまり関心をもたなかったとされる。チェーホフの小説では実際のところほとんど何も起こらない。登場人物とその生活が前面に出てくるのである。モーパッサンが出来事に焦点を当てたのに対し、チェーホフは人物に目を注いだといえる。
典型的なチェーホフの話は外的な筋をほとんどもたない。物語の中心はしばしばある登場人物の内側に起こることにあり、この物語は示唆により、あるいは意義深いディテールにより、間接的に担われる。しばしばいわれることであるが、チェーホフの小説や劇においては何も起こらない。しかしチェーホフは内面のドラマを展開させる独自の技をもっており、それで目立った事件が起こらないことは十分に埋め合わされている。チェーホフが主に扱う主題は労働と愛であるが、登場人物たちはどちらにも関心を示さない。チェーホフの若い登場人物はたいがいが幻想に囚われており、年老いた登場人物は幻滅にさいなまされている。時間の経過がつねに関心の中心を占め、日常のささいなことや脱線、人生の意味の結局は失敗に終わる探求が取り上げられる。